2011年4月 観国縦断 美しい韓国を巡る旅②

2011年4月
ヨンジュンの本<美しい韓国をたどる旅>のロケ地を巡った旅レポです


『せっかく春の韓国に来たのだから、予定を変更してでも、ゆっくりと回ってほしい』

ガイドのチョウさんが 旅行の前日の電話でそう言っていたんです。

旅行社からしてみれば あわただしくヨンジュン関係だけ見て回るよりも 

じっくりと韓国のステキなところを見てほしいと思うのは 当前。

なにせ、韓国縦断という、過酷な旅、ゆっくり見て回れるほどの時間の余裕はそんなにもないし~^^;

ですが

2日目に訪れた 安東河回村(アンドンハフェマウル)では、

お天気にも恵まれた こともあって

のんびりとゆっくり と韓国の春を見て回ろう・・ということになりました。

河回村(ハフェマウル)

この村の名前は 河がSの字に村を囲むように 回るように流れていることに由来しています。

時代劇で出てくるような川ですが

この村では<チュノ>ロケが行われたんだとチョウさんが教えてくれました

<チュノ>

見ましたが、あんまり記憶がないんですよね~^^;

駐車場から、村までバスが出ていますが

私達は遊歩道を通って 村までのんびり歩いて行くことにしました

ところどころに勾配があって結構な運動^^

でも、すがすがしくって きもちい~

所要時間30分^^ぐらい。

河回村は 豊川氏・柳氏が 600年あまり 代々暮らしてきた韓国の代表的な同姓村で
韓国中期の儒教者 柳雲龍先生(1539~1601)と
文禄の役(1592年秀吉の朝鮮出兵)で大きな攻をたてた
柳成龍先生(ホ・ギュンの師匠・インスシンを登用させた人) の
二人により 広く知られるようになりました
土塀をめぐらせた両班のお屋敷と わらぶき屋根の小さな家々が立ち並んでいます
両班がふらりふらりと 歩いてきそうです

狭い路地。迷子になりそう。


シウォナン ミスカル (すっきりとした ミスカル)

一度ネットで注文して瓶のミスカルを飲んだことがあります

けっして爽やかなお味でなかったような・・記憶が

でも、コレは黄な粉味がいっぱいで、さっぱりして美味しかったです

お豆やお米・麦などなど 穀物のジュース。。ってとこでしょうか

粉っぽいので むせちゃうのが難点^^;



<和敬堂>
ヨンジュンが民泊したところです

ちなみに
和敬堂の意味は
を持って両親に使え を持って 王に使える という意味です


こんなわらぶきの家でも、現在 人が住んでいます

家の中に 空気清浄機 クーラー 洗濯機 の文明の力が あるのを発見しました(笑)

村のはずれにある朽ち果てた木

観音様の横顔のようにも見えるし、

龍の頭のようにも見えます

リュウ・シウォン氏のご実家

屋根構えが 村の中で一番素晴しかったです

桜がず~っと先まで続いています
ここを通っている間中、ぶ~んっていう 耳鳴りみたいな音がしてしていたんです
なんだろう~って
上を見あげたら、沢山のミツバチ達が せっせと働いていました^^;
ミツバチたちは 危害を与えない限り 何事もしないでしょうけどね。

河の向こうには スキャンダルのロケ地があります
残念ながら 渡し舟が調整中 だったので乗れませんでした。
安東 続きます


安東のお話の続きです

沢山歩きまわったのでお腹がすいたので ↓ここで 昼食をとることにしました

옥류정<オンニュジョン>さん

<ヨンサマがいらっしゃった家> です(笑)

お店の柱にヨンジュンのサイン

お店の中はこんな感じ。団体さんも入れそうなお店です

ヨンジュンは多分、左手のお座敷の方に座ったのではないかと。。。(勝手な想像です)

壁には有名人の写真がいっぱい。

もちろん、地元リュウ・シウォンさんの写真も。

おいしそうでしょう~~!!

安東名物のチムタクです

鶏肉と野菜の甘辛醤油煮 ってとこでしょうか

白いご飯のおかずにあうあう!


お店のアジュモニが、このチムタクをヨンジュンが食べたのだと教えてくれました^^

安東シッケ

シッケって普通甘いものでしょう? でも、ここのシッケには 唐辛子が入っていて、とってもメウォヨ(辛い)なの。

なぜか大根とピーナツも浮いてるし(笑)

ガイドのチョウさんは、韓国人なのに辛いものがニガテで コレ飲んでむせていました。

日本人に納豆が嫌いな人がいるように、韓国にも辛いものがダメな人もいる。。のだそうで(笑)

辛いもの平気な私は ほとんど飲んじゃったけど、このシッケは、さすがにこの私でも、辛かった~。

この旅行中の食事の中で一番辛かったかな。

内陸部の極寒の安東の冬を過ごすために 沢山の辛い唐辛子を入れて 身体を温めたんでしょうね



ヨンジュンが訪れたという河回村のテンジャン味噌の会社

会社の敷地なので、甕の近くに寄ったら怒られちゃうかな。。と思いつつ^^;

近寄って写しました↓

あたり中 お味噌の香りがぷ~~~ん




屏山書院(ビョンサンソウォン) ↓

黄色いケナリ?がいっぱい咲いていました

河回村から少し離れた小高い山の中腹にあります

<チュノ>8話~15話あたりに この場所が沢山使われているそうです

そういえばなんとなく、見たようなないような・・


屏山書院は柳成龍(リュ・シウォン氏のご先祖様)が弟子達を集めて

儒教の教えを諭した私塾。

当時は寄宿舎もあったようで、科挙の試験に合格するために

沢山の若者達がここで勉学に励んでいたのかもしれませんね

晩対楼

くぎを1本も使わないで建てたという当時のまま残っている 貴重な木造建築

当時 学生達が 講義を受けたり 行事を行う時に使っていたとか。

吹き抜けだし~、夏は涼しいけど、冬はメチャクチャ寒かったでしょうね~^^;

そうそう、チュノで↑ここを使ってるシーンありましたよね

階段を登ると周りの景色が見渡せるのですが、今は 登ることができないので、残念~~

たしかに、今にも床が落ちそうな感じです~~^^;

晩対楼からは撮影できなかったので駐車場から 眺めを撮影


芙蓉台(プヨンデ)

本当は芙蓉台には河回村からの渡し舟でいけるはずだったのですが 

この日は渡し舟が調整中ということだったので、

車でぐるりと反対側に行って ずいぶんと遠回り。

芙蓉台って

スキャンダルの撮影地だとは知っていたけど~

まさか

ここで、山登りするとは 思いもよらず^^;

急な坂 250メートルほど、山の斜面を登ると~~~

絶景です!!

疲れが吹き飛んじゃうくらい。

まるで花の上にぽっかりと村があるように見えるので、芙蓉台 というのだそうですよ

河回村が一望

歩いた桜並木も見えます


ここからの夕日が素晴しく素敵なのだそうです。 ああ、見てみたいですね~


真下は絶壁の崖です。

高所恐怖症の私は 近くにいけない>、<。。

後から知ったのですが、ここの場所で ファンジニの撮影もあったのだそうです

ペンムはこの崖から飛び降りたのだそうですよ。ヨンエさん、怖くなかったのかなぁ~

玉淵精舎

柳成龍が、壬申倭乱(秀吉朝鮮出兵)の回顧録をここで書き上げたのだそうです

普通に人が住んでるお家で  でも、勝手に入ってもいいみたいで^^;

お洗濯ものとか干してあったし~^^;


ここは、 スキャンダルの ヒヨンのお家です^^

この門に記憶があるでしょう~?
雨の中 ぬれねずみでウォンが立っていましたよね
ウォン様の姿を探してしまいますね~


念願の ここに行けて大満足~(^。^)/

安東から2時間ぐらいで 慶州に到着。

簡単に2時間と言ったけど 車の速度は ずっと時速120キロから160キロ^^;

日本ではまず経験できない速度で走ってました。

ガイドのチョウさんには お会いした時に

『チョンチョウニ アンジョンウンジョン ヘジュセヨ(ゆっくりと安全運転してください)』とお願いしていたのですけど~・・・

きっと、120キロが 韓国のドライバーにとっては ゆっくり運転なんでしょうね(笑^^;)

桜吹雪の並木を走り抜けると・・・

なんにもない~~~~皇龍寺跡!!

だ~れもいないです^。^

ヨンジュンが昇った方は左側

お気づきになられた方もいらっしゃるでしょうが

この階段 新しく作り変えたようです↓

ねっ?


ハナヨの本が出て、沢山のイルボンアジュンマがここに来るようになったから

がっちりとした階段にかえたんやね。

私としては昔のヨンジュンの歩いた階段を上りたかったな~~

皇龍寺(ファンリョンサジ)

新羅を取り囲む9つの国からの侵攻から守るために

645年、善徳女王の命で 建立された80メートルもの高さの木造九重塔

1238年の蒙古襲撃で消失するまで

600年間もの間この地に建っていたといわれいています。

1964年まではここには民家があったそうです

まさか、こんな遺跡の上に住んでいたとは知らずに・・

石だけが並ぶこの場所で 九重の塔がどのくらいのものなのだろうと

 想像して空を見上げてみました

ヨンジュンはこの地に立って何を考えたんでしょうね。。。

皇龍が昇天するかのような偉大な護国寺

どんな場所に私は夢を積み上げていけばいいのか

何を積み上げればいいのか。。

なぜ現在はこのようなことができないのか。。

    (ハナヨ P245より)

写真集に載っていた木 かな?

ここに九重の塔が再建される復元プロジェクトが勧められているとか

復元することがいいことなのか、どうかはわからないけれど

このまんまでいてほしいと思うのは、私だけじゃないはず

文献も設計図もなんにも残っていないのに

どうして作ることができるのか。。不思議です。

夕暮れの皇龍寺跡


なんにもないからこの夕景が美しいのだと 思う。

慶州の繁華街に移動。

夕食をとろうと 食堂へ行ってみたのですが 沢山のお待ちがかかっていて 順番待ち。

順番が来るまで、その食堂の前にある 古墳群を見て回ることにしました

慶州古墳公園 23個の古墳が点在しています

この古墳のほとんどは 盗掘されていたため、

古墳のあるじが誰なのか 文献もないので、わからないのがほとんどなのだとか。

慶州の人は全く古墳の存在をしらなかったそうで(たんなる小山だと思ってたらしいです^^;)

1984年に古墳公園になる前は、民家があって 立ち退きさせられたのだそうです

ガイドのチョウさんはここに来たのは小学校の修学旅行以来・・と言っていました^^

ヨンジュン少年も修学旅行でここを見たかもしんないですね~

王陵に浮かぶ 満月


忘れることのできない 心に残る 風景

韓国を巡る旅 その③へ続きます


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by yumimoo | 2016-09-19 11:50 | ロケ地めぐり

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